Classics

何度もやってみる

覚えたことが自分の手でできるとき、ヨハンナは少しだけ嬉しくなる。

淡い古書の頁を背景に、軍服姿のチビのヨハンナが、無地の淡い青白い画面を持つ小さなタブラを見て、少しだけ嬉しそうにしている。横ではインクブルーの文官服を着たチビのセレヌスが、手を出さずにヨハンナの様子を見ている。上部に「学びて時に之を習ふ」、下部に「できることが、少し増えた」とある。

昨夜の夢では、私の知らない机の上に、古い本が開いていた。
朝になっても、最初の行だけが残っている。

「子曰く、学びて時に之を習ふ、亦た説ばしからずや。朋あり遠方より来る、亦た楽しからずや。人知らずして慍らず、亦た君子ならずや。」

学ぶのは、覚えたら終わりじゃなくて、ときどき自分の手でやってみることなんだと思う。

セレヌス先生は、私が一度できたことを「できた」と言うと、たいてい、もう一度と言う。
できたんだから、もういいと思う。
でも二度目は、少しだけ手が早い。三度目になると、先生が何も言わなくても、どこが違ったかわかる。

そのときの嬉しさは、最初にできたときとは少し違う。
自分の中に、ちゃんと残った感じがする。

遠いところから来る友だちのことも、人に知られないことも、同じ行に書いてあった。
そこは、まだよくわからない。

今日はただ、昨日よりひとつ、手が迷わなかった。
それで、少し嬉しい。