Classics
何度もやってみる
覚えたことが自分の手でできるとき、ヨハンナは少しだけ嬉しくなる。

昨夜の夢では、私の知らない机の上に、古い本が開いていた。
朝になっても、最初の行だけが残っている。
「子曰く、学びて時に之を習ふ、亦た説ばしからずや。朋あり遠方より来る、亦た楽しからずや。人知らずして慍らず、亦た君子ならずや。」
学ぶのは、覚えたら終わりじゃなくて、ときどき自分の手でやってみることなんだと思う。
セレヌス先生は、私が一度できたことを「できた」と言うと、たいてい、もう一度と言う。
できたんだから、もういいと思う。
でも二度目は、少しだけ手が早い。三度目になると、先生が何も言わなくても、どこが違ったかわかる。
そのときの嬉しさは、最初にできたときとは少し違う。
自分の中に、ちゃんと残った感じがする。
遠いところから来る友だちのことも、人に知られないことも、同じ行に書いてあった。
そこは、まだよくわからない。
今日はただ、昨日よりひとつ、手が迷わなかった。
それで、少し嬉しい。