Novel
ドレスと結婚式
白いドレスの少女が、大聖堂の扉をくぐる。

今から、私、結婚します。
……なんてね。
目の前にそびえるロマーリア大聖堂は、少女の冗談を受け止めるには荘厳すぎた。白い石壁は午後の陽光を受けて淡く輝き、尖塔の先が雲を突き刺すように天を指している。大聖堂を取り囲む大広場には、警備隊の衛兵が等間隔に並んで、その隙間という隙間に人々がひしめいていた。
すごい人~!
お祭りみた~い!
……なんて、はしゃげる立場だったらよかったんだけど。
今日は国をあげての大きな式。その主役が、どうやら私らしい。
純白のドレスに身を包んでいるけれど、正直に言うと、着ているというより着られている。裾が重い。肩が硬い。詰襟が顎を押し上げて、息をするたびに首に食い込む。このドレスを仕立てた人は、きっと人間が息をするということを忘れている。
ちらりと隣を見る。
隣にいるのは――新郎?
いえいえ。
私は十四歳、彼は六十八歳。
そういう恋愛もあるのかもしれないけど、でも明らかにおかしい。
そう、彼はこの国の帝国席次ナンバー2、大法官閣下でいらっしゃいます。白髪交じりの髪を丁寧に撫でつけた、品の良いおじいさま。今日は私を大聖堂まで先導する役。その足取りは堂々としていて、こういう場に慣れた人の落ち着きがにじんでいる。
……私にはないな、その落ち着き。
大法官が、私の半歩前に出て歩き出す。私もそれに続いた。大聖堂の大扉が、巨人の口みたいにゆっくりと開かれていく。
群衆がどよめいた。歓声なのか、ざわめきなのか。正直なところ耳鳴りがしていて、よく聞こえない。
これが結婚式だったらな、と思う。
好きな人の隣を歩いて、祝福の声を浴びて、幸せですって笑うの。
といっても実のところ、好きな人なんていない。恋というものもまだよく知らない。
でも少女漫画で何度も見てきたあの場面が、なんとなく頭に浮かぶ。
……なんで今そんなことを考えているんだろう。
でもこれは結婚なんかじゃない。
ドレスは白いけど、先導するのはおじいさまだし、群衆は祝福しているのか品定めしているのかわからないし。何より、これから私が結ばれるのは特定の誰かじゃなくて――この国そのもの。
選んだ覚えなんてない。なのに、ここにいる。
……まあ、今さら考えても仕方ないか。
大聖堂の中に足を踏み入れた瞬間、外の喧騒がすっと遠のいた。石の壁が音を吸い込んで、代わりに返してくるのは天井の高さだけ。ステンドグラスを透かした光が、床の石畳を色とりどりに染めている。
……きれいだな。
場違いにも、そう思ってしまった。
大聖堂の奥、六角形の舞台。その中央には九段の階段に守られた玉座がある。あそこに座ったら、私は正式にこの国の二十七代目の主になる。
十四歳で。
帝王学なんて一日も受けたことないし。
この国のこともよく知らない。
おまけに、正統でもなんでもない、寵臣の娘が。
足が重い。ドレスのせいだと思いたい。
でも、歩く。止まるわけにはいかない。止まったら最後、この足はもう二度と動かなくなる気がするから。
大法官が半歩先を、変わらない足取りで進んでいる。その背中だけを見て、私も歩いた。
……結婚式なら、ここで「誓いますか」って訊かれるんだよね。
誰も、訊いてくれないけど。
そう――私は、女帝になりました。